一章の4 美作

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 人々の足音が、脳裏に反響する。  切り裂いた化け物の返り血に、息苦さを覚えて、アスファルトに盛大に吐き出す。  先祖代々に伝わる太刀「夕張」が鞘の中で騒ぐ日は、立て続けに良くないことが起きる。  私は、相棒の騒ぎ様を信じて進む。裏路地に抜けた先に現れた巨大な陰は、名前も無い化け物だ。残念なことに喫茶店の比では無い。  血の臭いは苦手だ。それでも化け物を狩るのが役目。抜刀で狂気に呑まれた生物を切り刻み、平和を築くことが古来よりの運命だと五月と訪れた占い師に言われている。自分の古来の記憶も素性も知らないが、化け物退治からは逃れられないらしい。  ひとつ目玉の狼犬が唸りを上げる。攻め込んでくるその胴体を斬り上げる。胴を斬り裂いた場所から血液が降り注ぐ。血液はガソリンのような色をしている。異臭が、散らばっていた。  生臭い液体を頭から被り、容赦なく襲いかかる吐き気をどうしてくれようかと重い足取りで道脇に避ける。  鞘に収めた夕張がこの時ばかりは憎らしい。然し、夕張に文句を漏らしたところで返る言葉は無かった。   向かう当てがないのは、放浪癖があるからだ。いわゆる、無職で宿無しだ。名前は美作信濃と名付けられているが、今の時代には浮ついた名前に思えてならない。
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