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夏枝が必死に頼み込んでくるので、私もやれることをやろうかという気になった。隣では、五月が天井のライトを付けて、メモ書きをしている。そういうところには余念が無い。
「ほんとは、嫡男を捕まえて春日の長女に会わせないようしたかった。それでも生まれた時点で、運命が動いているんです」
「――もうふたつ聞いていいかな?」
「へえ、なんでしょうか」
「嫡男と長女の名前と、夏枝の上司がそこまで派閥争いに頭を悩ませる理由だよ」
夏枝が、バックミラー越しに青ざめた。私はとりあえず、見逃して答えを待つ。
「嫡男の名前は青葉凍夜。春日の長女は春日小雪。上司――米寿様のことは内密に、白夜の神官様にお聞きください。それ以上は私の口からは申し上げられません。五月のマンションまでお送りします。遠回りしてしまいました――」
車のエンジン音が再び鳴り響き、景色が流れる。それから、五月のマンションまで夏枝はひとことも喋らい。五月も私の傍らで口を閉じていたので、車の中はとんでもなく沈痛な空気に充ちていた。
夏枝が軽い挨拶だけをして、アルファロメオを運転して去る。
「米寿様ね。白夜の神主の妹よ」
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