プロローグ

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プロローグ

いつからか、雨がやまなくなった。 ざあざあと、ひたすらに地面を濡らし続けている。 「雨は嫌いだ」という彼女の言葉が聞こえた気がした。 今、教室にいるのは、僕と彼女の二人だけ。 僕は窓の側で校庭を見下ろしていて、彼女は行儀悪く机の上で胡座をかき、虚ろな目を空に向けていた。 雨に濡れる窓ガラスは、彼女の姿をぼんやりと頼りなく映していて、僕はそんな彼女のことを、いつの間にかじっと見つめていた。 交わす言葉は無い。 だけど暫くして、彼女は痛いほどの沈黙を破った。 「この世界は終わった」 教科書の文を読み上げるように、彼女は何の感慨もなくそう言った。 この世界は終わったのだと。 希望も、絶望も、存亡も無い━━そんな世界だと。 そして、彼女は酷くやつれた表情で、「……疲れた。私はもう、世界のわがままに付き合いきれないよ」と、彼女らしくない愚痴を溢した。 こういう時、抱き締めようとしたり、キスをしようとすると、彼女はとても嫌がる。 優しくされるのが苦手なのだ。 「死にたい」 彼女は、やはりつまらなそうに呟いた。 最早、彼女の瞳に生気は無い。 死んでいると説明されたら、信じてしまえるほどに。 彼女は本当に疲れていた。 今の彼女にとって、生きることも死ぬことも、既に同意義だ。 故に、彼女は生きているし、同時に死んでもいる。 ついでに言うと、彼女は脆く弱い。 強くなんか、無かった。 ━━もう、見ていられなかった 「次で最後にしよう」 僕は決意と共に提案した。 彼女のために。 「どんな世界だ?」 彼女はこちらに顔を向けて訊ねてきた。 僕は答える。 「何の色もない、まっさらな世界だよ」 どんな色にも染まれる、可能性に満ち溢れた世界。 そんな世界を、創造する。 「また一つ、世界が無くなる。世界のことを言えないな。人間もわがままだ」 彼女の言葉に、僕は微笑む。 「そうだね。でも、もうわがままは終わりだ」 そう言って、僕は彼女にキスをした。 彼女は驚いたのか、一瞬目を見開き、そして笑った。 この終わった世界で、最後の口づけ。 そして、彼女には告げずにいたけれど。 これは、最期のキスだった。 「またね、睦月」 ━━僕はこの日、 「ああ━━またな」 ━━嘘をついた ━━彼女が大嫌いな、 ━━嘘をついた ━━彼女の為に、 「……さよなら、睦月」 ━━残酷な、嘘をついた .
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