足ぬけ

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   あちきはこの吉原で禿の頃から、そりゃあ厳しく躾られましたからね。足ぬけなんて想像はしても、実際しようなんざぁ思ったこたぁござんせん。  この仕置きも恐ろしゅうござんしたし。    じゃあ今回なんで廓を出たんだって聞かれたらねぇ……見たくなったんでござんす。この中見世以外の、桜をね。    吉原の目抜き通りには、そりゃあ立派な根付き桜が、毎年この季節にだけ運ばれてきやんす。  桜と酒と女を同時に愉しむ粋な趣向は、あちきら花魁にとっちゃあ、ありがたい慰めでもあり……拷問でもありんした。    あそこの桜はもっと、いやどこそこの桜のほうが、なんて話す客が憎うござんした。    あちきらが大門の向こうに行ける時なぞ、身請けされるか、年季が明けるか、死体になるか……足ぬけしかござんせんのに。    仕置き覚悟で見た桜は綺麗だったかって……そりゃあ死んでもいいと思う程でござんした。ただね……。    吉原の運び桜が、あちきらには最上でありんすな。    これしか見れないのなら、これが最上。これが最高。  そう思わねばねぇ……この先やり切れんのでありんすわいなぁ。
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