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「・・・何を言っておられる。
今はまだ戦の最中ぞ。わしが出陣せずに誰が佐々の軍勢を率いるのだ」
「おぅ!まこと内蔵助の言う通りじゃ!
皆、何をもう負けた気になっておる!
現に我らは羽柴勢を後一歩というところまで追い詰めたではないか!」
北国軍諸将の中でも、特に多くの将兵を失い、自らも重傷を負った成政だったが、その成政の力強い言葉に、その場にいた者たちは戦う気力を取り戻した。
「やっかいなのは、紀伊勢だが、紀伊勢さえ潰してしまえば、残るのは傷だらけの羽柴勢のみぞ」
柴田勝政が地図上の駒に。新たに現れた紀伊軍を示す駒を置いた。
地図上の駒を動かしながら、勝家が自らの策を披露した。
「紀伊勢が羽柴勢の援軍として現れたのならば、数は1万、多くとも2万ほどじゃろうが、物見を放ち、念のため紀伊勢の数を確かめる。
紀伊勢が攻め込んで来るようならば、我らは、ここ賤ヶ岳を夜の闇に紛れて下り、塩津浜の羽柴勢に止めを刺し、引き返してくるであろう紀伊勢を迎え撃つ!」
「問題はいかにして紀伊勢のあの鉄砲を封じるかだが・・・」
盛政の言葉に、成政はその体験を思い出すように語った。
「紀伊勢の種子島は我らの種子島よりも、弾が遥かに長く飛び、その上、甲冑を貫いてきおった。
あの種子島は仕組みそのものが我らの物とは違う気がしてならぬ」
「ともかく雨を待ち、我らから攻め掛かるのもよかろう。
種子島といえども火縄が濡れては使い物になるまい」
紀伊軍の熟練した小銃士による、統制された射撃戦術を身を持って体験した成政だったが、勝家の楽観的な言葉に、成政の言葉はその場から打ち消された。
人は窮地に立たされるほど、絶望を忘れるため楽観的になることもあるが、この時の北国軍本陣は、まさしくそのような雰囲気であった。
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