18人が本棚に入れています
本棚に追加
エルタニア大陸、リフェイラ平原の東端に位置するサバドの森は、別の名を帰らずの森という。
森というより林に近く、樹木の生え方もまばらだが、
昼に足を踏み入れた者は、しばらく歩くと、初めにきた場所に出てしまう。
夜に踏み入れた者で、森からもどったものはいない。
今は夜である。
月はなく、森は闇にたたずんでいた。
旅人とおぼしき、漆黒のローブに身を包んだ人間が、森の入り口に立っていた。フードの奥に顔は隠れており、男女の別は定かではない。
旅人はため息をついてから、森に足を踏み入れた。
ニ刻ほど後である。旅人は森の中央の泉にたどり着いていた。
泉では水が闇をうつし、黒くゆらめいている。
旅人は泉の淵にしゃがみこみ、泉に右の手のひらをつけて、
祈りを唱えた。
「暗黒の神よ。あなたは我が父。我が夫。」
低いが女の声である。
その声は闇にすいこまれ、と共に
泉の水が、静かにひいた。
同時に教会とおぼしき建物が現れた。
突然の出現にも関わらず、
教会には何世紀も前からそこに存在していたと思わせるような
威圧感があった。
旅人の女はフードを片手で脱ぎすて、
束ねた黒色の長い髪と、細身に合わせた鎧があらわれた。
女はさらにため息をつき、教会の扉をひらいた。
礼拝堂である。
奥に祭壇があり、
司祭とおぼしき男が一人、
膝をつき、祈りを捧げていた。
旅人は礼拝堂の椅子に黙って腰掛け、
祈りが終わるのを待った。
半刻ほど後、司祭は祈りを終え、立ち上がり
ふりかえった。
同時に女は立ち上がり、膝をかがめて敬意を表した。
司祭も会釈で答えた後、言った。
「これは珍しい。大変珍しい。」
「暗黒教会のクピアノト大司祭様でいらっしゃいますね。」
「いかにも。」
「ルルザという名に覚えはありますか?」
「いいえ。」
「そうでしょうね。いえ、無駄な問いをすいませんでした。
忘れてください。」
女は謝りつつ、司祭に向かい、赤く錆び付いた剣を抜き、正段に構えた。
最初のコメントを投稿しよう!