愛の魔法

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エルタニア大陸、リフェイラ平原の東端に位置するサバドの森は、別の名を帰らずの森という。 森というより林に近く、樹木の生え方もまばらだが、 昼に足を踏み入れた者は、しばらく歩くと、初めにきた場所に出てしまう。 夜に踏み入れた者で、森からもどったものはいない。 今は夜である。 月はなく、森は闇にたたずんでいた。 旅人とおぼしき、漆黒のローブに身を包んだ人間が、森の入り口に立っていた。フードの奥に顔は隠れており、男女の別は定かではない。 旅人はため息をついてから、森に足を踏み入れた。 ニ刻ほど後である。旅人は森の中央の泉にたどり着いていた。 泉では水が闇をうつし、黒くゆらめいている。 旅人は泉の淵にしゃがみこみ、泉に右の手のひらをつけて、 祈りを唱えた。 「暗黒の神よ。あなたは我が父。我が夫。」 低いが女の声である。 その声は闇にすいこまれ、と共に 泉の水が、静かにひいた。 同時に教会とおぼしき建物が現れた。 突然の出現にも関わらず、 教会には何世紀も前からそこに存在していたと思わせるような 威圧感があった。 旅人の女はフードを片手で脱ぎすて、 束ねた黒色の長い髪と、細身に合わせた鎧があらわれた。 女はさらにため息をつき、教会の扉をひらいた。 礼拝堂である。 奥に祭壇があり、 司祭とおぼしき男が一人、 膝をつき、祈りを捧げていた。 旅人は礼拝堂の椅子に黙って腰掛け、 祈りが終わるのを待った。 半刻ほど後、司祭は祈りを終え、立ち上がり ふりかえった。 同時に女は立ち上がり、膝をかがめて敬意を表した。 司祭も会釈で答えた後、言った。 「これは珍しい。大変珍しい。」 「暗黒教会のクピアノト大司祭様でいらっしゃいますね。」 「いかにも。」 「ルルザという名に覚えはありますか?」 「いいえ。」 「そうでしょうね。いえ、無駄な問いをすいませんでした。 忘れてください。」 女は謝りつつ、司祭に向かい、赤く錆び付いた剣を抜き、正段に構えた。
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