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「わざと外すぐらいの技量はあるでしょ、美紗ちゃん」
「何それ」
「ちょっと押し手を緩めれば」
「……こらこら」
参ったなと言う顔で美紗が小さく怒る。
「癖になっちゃうでしょ」
「そんな1本しか撃たないのに」
「その1本で射形が変わっちゃったらどうするの」
真剣な顔で美紗は言った。アーチェリーは射形が一番大事だ。同じ射形で矢を射たなければならない。彼女は一時たりも射形を崩してはいけないと思い知っている。
「美紗ちゃんなら大丈夫」
「私の押し手はデリケートなの」
「じゃあエイムオフで」
「……それならいいかも」
「……えっ?」
意外な反応に紀久美は面食らった。絶対決めると公言していた美紗が、違う形ではあれど肯定したのだから。
「観客にも気づかれないし。射形は崩れないし……その方が、ショックも少ないだろうし」
そう言ったきり、美紗は黙り込んでしまった。
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