夏越しの関 -ナゴシノセキ-

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 カタンガタンと規則的な音を立てて、一両編成の列車が視界の向こうに消えていった。緩くうねる赤錆色のレールを囲む草むらが、熱風に吹かれて波打つ。  季節は夏だった。  晴れ渡った空では積乱雲が光を弾き、小高い山は黒いほどの緑に覆われている。遠くから、近くから、絶え間なく注ぐ蝉の声。  それはまぎれもなく、絵に描いたような田舎の、絵に描いたように平穏な夏のある日だった。  コンクリートのホームを降りて、砕けかけのアスファルトを蹴る。  水と土と熱の混じり合った匂いを肺胞まで深く吸い込み、吐き、数年ぶりの景色を眺めながら進む。  遠隔地の高校に入学して以来、帰郷はこの四年間で今回も含めてわずか三回だった。  今度の帰郷は、長らく会っていなかった友人に会うためだった。  単調な毎日の中に届いた一通のメール。それが久々の帰郷を決心させ、自活するアパートから片道四時間半の道のりを辿らせた。  友人は子供の頃から無愛想で、口数が少なく、付き合いもあまり良くなかった。  昔から何をするでもなく傍にいるだけ、というのが風変わりな彼との友人関係で、ただ傍にいて時々言葉を交わすほかは、他人といっても差し支えないくらいの淡白さだった。  けれどその関係は小学校から中学卒業までの九年間、絶えることなく続いた。  もとがあっさりした関係だったから、故郷を離れた四年間の彼の行動を、僕はあまり知らない。  興味がなかったわけではないけれど、彼が、会えたときには少ない言葉と大人になった微苦笑と、判りにくい親しみで迎えてくれるということだけで充分だったから、あえて僕はなにも訊ねず、彼も多くは訊ねなかった。  それで僕らは満足だった。  考えてみると、彼は愛想が無いわりに優しい気質の男だった。  けれどもう、あの見間違いかとおもうほどに小さな笑みを彼が見せてくれることは、ない。  いくら話しかけても、もうにこりともせず、返事もしないだろう。  分りきったことに鬱々とした気持ちで目を伏せ、歩き続ける。  アスファルトで舗装された道はやがて、未舗装の乾いて白い砂利道に変わる。小高い山へ入るための、車もすれ違えないような細い道だった。
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