夏越しの関 -ナゴシノセキ-

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 山へ入れば茂る木立のせいで薄暗く、日光を遮られた空気はひんやりと少し肌寒い。  人気の無い穏やかな坂を登り、息が乱れ始めた頃。  視界が開けて突然溢れた光に、僕は思わず目を眇めた。  ゆっくりと開いた目の前に現れたのは、所狭しと林立するモノトーンの石柱群。  墓地だった。  似通った区画の通路と墓石の間を、迷うことなく教えられたとおりに進み、ある墓の前にしゃがみこむ。  墓誌に彫られた真新しい名前。  この名前を、結局何度僕は呼べたのだろう。 「久しぶり」  無理やり笑って声をかけても、濃灰色の石は笑わず、喋らず、静かに光を弾くだけ。  触ってみても、太陽の熱をはらんだ滑らかな手触りが、皮膚に伝わるだけ。   苦みばしった笑みも、短い言葉も、体温も無い――友。 「会いたかった」  今の今まで思っても見なかった言葉がこぼれる。 「ヘンだ。会いたい、なんて……思ったことも、なかったのに」  言い訳じみた声を上げる。  蝉の声以外何も聞こえない真夏の墓所で、僕は叫んだ。  気でも違ったみたいに、ただ叫んだ。  そうでもしないと泣いてしまいそうで、心がどこかに持っていかれそうで。  ごまかすように、逃げるように叫び続けて、すがって伸びた手が石を叩いた。 「会いたいよ……!!」  いつでも会えるとタカをくくって、何が大切なのか知りもしなかった、幸せだった愚かな日々に、  もう一度。          君が越えられなかった夏を、僕はひとりで越えてゆく。
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