3人が本棚に入れています
本棚に追加
/10ページ
山へ入れば茂る木立のせいで薄暗く、日光を遮られた空気はひんやりと少し肌寒い。
人気の無い穏やかな坂を登り、息が乱れ始めた頃。
視界が開けて突然溢れた光に、僕は思わず目を眇めた。
ゆっくりと開いた目の前に現れたのは、所狭しと林立するモノトーンの石柱群。
墓地だった。
似通った区画の通路と墓石の間を、迷うことなく教えられたとおりに進み、ある墓の前にしゃがみこむ。
墓誌に彫られた真新しい名前。
この名前を、結局何度僕は呼べたのだろう。
「久しぶり」
無理やり笑って声をかけても、濃灰色の石は笑わず、喋らず、静かに光を弾くだけ。
触ってみても、太陽の熱をはらんだ滑らかな手触りが、皮膚に伝わるだけ。
苦みばしった笑みも、短い言葉も、体温も無い――友。
「会いたかった」
今の今まで思っても見なかった言葉がこぼれる。
「ヘンだ。会いたい、なんて……思ったことも、なかったのに」
言い訳じみた声を上げる。
蝉の声以外何も聞こえない真夏の墓所で、僕は叫んだ。
気でも違ったみたいに、ただ叫んだ。
そうでもしないと泣いてしまいそうで、心がどこかに持っていかれそうで。
ごまかすように、逃げるように叫び続けて、すがって伸びた手が石を叩いた。
「会いたいよ……!!」
いつでも会えるとタカをくくって、何が大切なのか知りもしなかった、幸せだった愚かな日々に、
もう一度。
君が越えられなかった夏を、僕はひとりで越えてゆく。
最初のコメントを投稿しよう!