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滅びゆく運命の都は、それを目前にしてなお、美しかった。
湖上に佇む王宮は月光の下に凛と浮かび上がり、周囲に広がる街並は整然とした陰影に切り取られる。
都は内乱状態にあり、強大なる帝国の侵攻も間近い。市民は緊迫した空気を嗅ぎ取っていたし、不穏な動きは街の随所で見られた。しかし夜空は澄み渡り、星々は高みから降るように輝いている。月に下界を見渡す目があったなら、人のざわめきなど微風に転がされる塵の粒としか映らない。優美なる古都は常と変わらず、あたかも絵のような眺めがそこにあり、そして――。
すべては歪む。拉げ、潰れ、砕ける。
悪夢の如くに。
死後に罪人が裁かれる“地獄”がこの世界――イヴァリースに存在したとしても、この夜のこの地より酷い場所ではないだろう。それほどまでの惨禍だった。想像を絶する災禍が一瞬に都を呑み込んだ。
最初に起きたのは、おびただしい量のミストの噴出であった。
魔力の源となるミストは、万物に宿るエネルギーの俗称である。どこにでもあり、通常は危険なものではない。人の暮らしを支える文明技術の多くも、このエネルギーの利用なしには成立しない、空気と同じようにありふれた世界の構成要素であった。
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