~産声の日~

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  汚泥の中を転げ回って哭き叫ぶのは、モーグリであった。小さな身体を覆う毛皮に、黒く汚れた水と泥をたっぷりと吸わせて、彼は一時も休むことなく喉を震わせ続けている。その声はもはや、ヒュム族の感覚で言えば甲高く可愛らしいはずのモーグリのものには聞こえない。黒々と闇を湛えた洞穴から鳴り響く、地の底より吹き抜けてくる澱んだ空気の音。あるいは、砂漠の砂を噛んだ刃が鞘の中で不快にこすり合わされているような音だった。   叫びが途切れ、黒く染まった口元から血が溢れる。限界を超えて酷使し続けた喉が破れたのだ。しかしモーグリは慟哭を止めない。痛みなど意にも介さず、彼は吼え続けた。そうしなければ――無限に湧き出す苦しみを臓腑から搾り出さなければ、身体が膨れ上がって爆発してしまいそうだった。事実、精神は正気と狂気の境目で危うい均衡を保っていた。声帯が千切れるその瞬間まで、モーグリは血を吐きながら絶叫し続ける。   少し離れた一角には、ン・モゥ族の女がひとり、茫然と立ちすくんでいた。   ヒュムの三倍以上の寿命を持ち、優れた知性と魔法技能を備えていることで知られる少数種族――しかしそのン・モゥの女は、思考する術さえ持たない愚鈍な大型獣のように、どす黒い雨滴を浴びながら微動だにしない。見開かれた目は瞬きさえせず、口は顎を下げてだらしなく開いている。白く濁る呼気と、そして黒く汚れた顔にふた筋の跡を刻む溢れる涙だけが、彼女がまだ死人ではないことを示していた。  
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