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彼は微笑みました。
「汚れなき美しさと、忠義、だそうですよ。貴方にぴったりの花ですね」
「…そうですかね」
ぽつりと、小さく呟く。
汚れなき美しさ?
忠義?
…私には、何一つ当て嵌まらないではありませんか。
「…私は、リト様を…自分の息子を売ったあの父親を許せなかった。
たかが地位を守る為に、大切な一人息子を…。リト様から奥様を奪ったことも許せなかった。
心を病んだ奥様を、汚らわしい男どもに…。妊娠した奥様が自殺するよう仕向けたんです…!
あんな女はもういらないって…。…私は確かに、リト様が生まれるまであの男に仕えておりました。
でも…」
私は遠くを見ました。
記憶など、簡単に蘇ってくる。
旦那様が生まれたあの日、憧れのメタルコア社に入社したあの日、奥様と結婚なされたあの日、リト様が生まれたあの日。
旦那様はいつだって笑顔でした。
なのになのになのに!!
「…だから私は、彼のパソコンのデータを全て消去したんです。
そしたら彼、すぐにクビになっちゃいまして。精神病院で息を引き取られましたよ」
人間は、弱い。
弱く、醜く、汚れていて、それでいて美しい。
…旦那様だって。
私は両手で顔を覆い隠しました。
「こんなに醜い心なんて、いらなかった…こんなことなら…。
忠義だって、果たせなかった。私はリト様が目の前で殺されようとしているのに、何も出来なかった。
…何も」
体が動かなかった。
どんなに必死にもがこうとも、制御プログラムのかかった体は、主の命令以外には動かない。
ただ見ているだけ。
何も出来ず、目の前で。
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