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「君は純粋過ぎたんですよ。だから、回りの汚れに耐えられなかった。
体は年代物でも、心は生まれて八十年だ。僕から見れば、まだまだ子供ですよ。
子供は人間の汚い部分を垣間見て、やっと大人になっていくものです。
色んな体験をして損はありませんよ。
リトくんのお父さんが亡くなったのを自分のせいだと、自分を責めるのもまた貴重な体験だ」
にこっと、彼は微笑む。
私も微笑みました。
…慰めて下さるのですね。
お優しい方だ。
「今から二人で水花草、見に行ったらどうですか?天気もいいですし、きっと感動しますよ」
「それはいいですね」
私はリト様の手を握りました。
皺くちゃになった手。
それがいつか握り返して下さる日を、私は夢見ておりました。
…脈拍、血圧、共に正常。
今日はお体の具合もよさそうだ。
「では、僕はおいとましますね」
「あ、はい」
「さようなら」
お人形屋さんが部屋を出ていく。
その背に別れの言葉を告げられなかったのは、何故か、彼が哀しんでいるように見えたからでした。
「…う、わぁ…」
一面に広がる水花草。
透明な花びらが光を浴びてきらきらと輝いている。
風がその香りを運び、空気はとても澄んでいました。
「見てくださいリト様!とても綺麗ですよ!」
車椅子に座り、ぐったりとしているリト様に話し掛ける。
勿論返事などはありませんでした。
「素敵ですね…。ここでピクニックでもしたいですね。
近くに川もありましたし、釣りや水遊びもできますよ」
「…」
「春なら桜も咲いていて、もっと綺麗ですよね。
あ、蝶がいますよ。図鑑をインストールしてくればよかったですね」
「…」
ふふ、と笑う。
黒と紫の羽を羽ばたかせる蝶は、ひらひらとリト様の手に舞い降りました。
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