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「止めて!」
『畏まりました』
ぴたりと、馬車が店の前で止まる。
扉が自動で開き、階段が出て来る。
馬車から降りて、私はゆっくりとその店に歩いていった。
店の壁に触れると、ごつごつした感触と匂い、それから微かな温もりを感じ、私はハッとした。
「…本物の、木だ…」
今や供給も殆どなく、希少価値の高すぎる木材を建物に使うなんて、よっぽどのお金持ちで変わった趣味の持ち主しかいない。
私はドキドキしながら、ドアノブに手をかけた。
からん...
ドアに付いたベルが鳴る。
中は誰もおらず、置かれているものも長椅子とカウンターしかなかった。
カウンターの向こうには扉がある。
あの中にいるのかしら。
「あの、すみませーん。誰かいますかー?」
返事がない。
私はムスッとして、カウンターを飛び越えて奥に入ってやろうと手を置いた。
「…ああ、駄目ですよ。女の子がそんな、はしたない」
「え?」
振り返るとそこには、目元を隠す白い仮面を付けた、真っ白な長い髪の男性が立っていた。
私は不審げに彼を見つめる。
…今ベル、鳴らなかったのに…。
「お客さんなんて久しぶりですね。まあ、そこにかけて下さい。今紅茶を出しますので」
「お客っていうか…私はこの店が何なのか知りたくて入っただけよ。
看板もない店なんて、気になるじゃない。それで客集めでもしてるの?」
「まさか。ここに来るお客さんが望んでいるのは一つだけですから。
看板なんていらないんですよ」
「一つだけ…?」
ここに来る客が皆、同じものを望んで来るって言うの?
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