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カラン。
グラスの中で酒に溺れる氷が泣いた。常温に溶けて重なり合っていた氷と氷の表面がすれ違い、分かたれた。
それに応えるかのように傍らに放置していた携帯が振動してその存在を強く誇示、小さな表示画面に発信者の名前が点滅する。彼の親指は、普段より早くボタンを押した。
[──隣(となり)? ]
懐かしい名前に反応した指は、耳にも懐かしさを届けた。
[あぁ。出雲(いずも)か、なんだよ]
[なんだ、はないでしょ? 久し振りくらい言ったら?? ]
[相変わらずうっせぇな…ど─でもいいからさっさと用件言えってんだよ。言わねぇなら切っぞ? ]
[あ、待って!! ]
通話の向こう側で、慌てて詰め寄る姿が見えた。
本当に切る気があるなら、最初から電話に出るわけがないというのに懐かしい友人は本当に相変わらずのようだ。疑いも嘘も見抜けない、純な性格。それに乗じて青臭い記憶が脳裏に蘇ってくる。
[…今日、会えないかなぁ…って思ったんだけど……]
[何のために? ]
[え? それは]
[わりぃ出雲…またな。]
[あ! ちょっ、となり待っ]
ブツッ。
無遠慮な音が友の声と繋がりを遮った。その直後に迫り来る苦しいほどの焦燥感に悲壮感。閉じた黒の携帯電話をテーブルに置いて肘をつき、頭を抱えてうなだれた。
[…会えるわきゃねぇだろ…………]
右手に滴が伝うグラスを掴み、残りの酒を一気に喉から胃袋へと押し込む。
それでもこの胸のわだかまりは消せやしない。己も友も、消せはしない。消えるはずがない。
[…暮巴(くれは)……]
懐かしい面子の中でいつしか禁句になった、一人の友人の名前。
今日は彼の…──。
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