仏様

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  それは 良く晴れた日の朝   数年前に有限会社を立ち上げ 林業に使うチェーンソウなどの修理を請け負っていたユキオのもとには 山仕事をしている客が連日足を運んでいた   その朝も例外でなく しかし早い時間からまだ開かぬ事務所の扉を叩く者がいた   ガンガンガンガン!   ガンガンガンガン!     毎朝事務所を開ける前に珈琲を飲む習慣のあったユキオは 今まさに注ごうとしていた自分のカップを慌ててお客用のカップに取り替え 事務所の扉を開けた       岩田さん   常連のお客さんで 今朝は芝刈り機の調子が悪いと持ち込んで来たのだった   ただ‥ 珈琲を一気に飲み干した岩田は機械の事など二の次と言った様子で不思議な事を言い出した‥     『俺よぉ‥仏様に会ったんだよ』   田舎に育った岩田を余所に 都会から移住してきたユキオには岩田の発言が新手の新興宗教か何かのように思え 少し身構えた   微かな眉間の皺からそのユキオの感情を感じ取れる程岩田は敏感な人間では無かったが   おおよその反応は予想していたのか 続けた‥     『いや、いきなりこんな事言って信じられるとは思わんが‥まぁ聞いてくれ!』   岩田の話を要約するとこうだった‥      ユキオの事務所から数十キロの山奥   新道開発によって 次々と道路整備の進みつつある山中に いずれは旧道となり取り壊されるトンネルのすぐ側に岩田は住んでいた   まだ現役で役目を果たしている道とは言え 外燈一つ無いような山奥 人通りも疎らである     ある日岩田が自宅からトンネルを眺めているとき トンネルの入口付近の内壁に奇妙なシミを見つけた     その時点で特に何を印象付けられたわけでも無いが なんとなくそのシミを眺めるのが仕事終わりの日課となっていた       そしてそのシミが形を変えながら大きくなっている事に気付くまで2~3ヶ月かかったと言う     それから更に 2週間が過ぎた頃 岩田はトンネルの内壁に向って手を合わせるようになっていた     少し前までシミだったそれは   今では完全な仏様の姿で座していると言うのだ     『毎日手を合わせてるんだが、心がすごく晴れ晴れしいんだよ!』       そう言い残すと 岩田は帰って行った         それからまた しばらく過ぎた頃‥       ユキオの耳に 突然岩田の訃報が届いた     弔いの席‥ 周囲の話では 末期癌との事だった      
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