まだひとつだった頃

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『なあ』  反響する音。 それが声だと判断する前に灯りがばちんと音をたてて消える。 首の辺りに圧迫感を感じて、声の主に首を絞められているのだと判断した。 抵抗するのもだるく、自分の腕に力を込めて突き飛ばす気にはなれなかった。 『俺を置いていくなら』  ぎりぎりと首を強く絞めあげられて、くぐもった声が漏れる。 酸素を吸うことも二酸化炭素を吐くことも出来ない。 視界が狭くなって、意識が途切れ途切れになっていく。 ああ自分は死ぬのだと理解した。 『殺すよ』  咽の圧迫感が消えて、二酸化炭素ばかりになっていた体に、酸素が入り込んでくる。  巧く呼吸が出来なくてむせかえる。ヒュー、ヒューと音をたてて息を吸い込んだ。 『殺してお前の体を貰う』  じゃあ殺せ。 お前にくれてやるよ。 置いて行かれたくないなら奪えばいい。 俺は抵抗なんかしない。 『だけど、俺はお前が』  嫌だ。聞かない。  思わず強く耳を手で押さえ付けて塞いだ。  けど頭に直接響く言葉には意味がなかった。聞いてしまった。 『気に入ってる』  嫌になって叫んだ。思いきり。 「殺せ────!!!!!俺を殺せ──!!!!」  もう一人の俺自身は、一度泣きそうな顔に歪め、そして笑った。 『じゃあ俺を殺せ』  迷わず首に手を掛けた。みりみりと音がするほど強く、強く締め付けた。 表情は見えない。笑っているのか泣いているのか、はたまた歪めただけだろうか。  やがてかくり、ともう一人は力を抜いた。  俺の心には俺自身の死体と、もう一人の俺が立っていた。
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