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彼は暫く思案していたようだった。
やがて、
「頼む」
やはり一言で返事を済ませ、木に預けていた背を離した。
「こちらです」
私は緊張を胸の中に押し込め、彼を先導した。
センターの入り口にある受付には、先客がいた。
新しく入会する人が、センターの人と談笑していた。
「すみません、少しお待ち下さい」
彼は頷き、私に勧められた待合い用の椅子に腰掛けた。
私はその隣で立っていた。
彼は静かだった。
余計なことは喋らない。
何だか、静寂は私を更に落ち着かなくさせた。
「あ、私、ここのセンターでボランティアをやっている、ユキナ・アサクラっていいます」
私はとにかく何か言おうと、自己紹介して手を差し出した。
「セイだ」
彼はそれだけ言って、私の手を握った。
その時に、私は漸く彼の手に手袋がはめられていることに気付いた。
滑らかな革の感触。
私は素手で触れなかったことに感謝し、…少しだけ、残念に思った。
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