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「オレ、結婚するんだ」
最初、ディーノの言っていることが理解できなかった。いつものように、冗談だとばかり。
僕はぎこちなく首を動かして、ディーノを見た。
「嘘」
何を言い出すかと思ったら…悪い冗談でしょ?僕をからかわないでよ。
僕はディーノが冗談だと言って笑い飛ばすのを待った。
「…本当だ」
けれどもディーノはにこりともせず、いつもの笑顔の片鱗さえ見せなかった。
「…どうして」
「同盟ファミリーの令嬢との縁談だ。…お互いのファミリーの繁栄には必要不可欠な」
…俗にいう政略結婚だろう。どちらだとしても結婚は結婚。してしまえば僕とディーノは今のままの関係ではいられなくなる。
「それは…あなたの意思?」
あなたは今日、別れを切り出すためにここに来たの。あなたの口からその言葉を言うの。
「……」
―聞きたくない
「っ恭弥、オレは―」
「いいよ」
「え」
途中で言葉を遮られたディーノは、僕の言ったことがよく分からなかったようで、目をぱちくりと瞬かせた。
「恭…」
「だから―別れようって言ってるの」
あなたから言われるのは嫌だから。
…なら自分の口から言えばいい。
「僕が冗談を言うとでも?」
窓の方を見て、ディーノに背を向けたまま、答えを返す。
「…恭弥はそれでいいのか」
顔を見られたくなかった。見られたら、あなたはもっと困った顔になってしまうと思うから。
「―うん」
「…―そうか」
僕が小さく頷くと、ディーノは息をついて、静かに立ち上がった。僕のすぐ側にある机に、カサ、と紙の置かれる微かな音がする。僕は振り向かずに、その音を聞いた。
「これ、招待状と飛行機のチケットだ。一週間後に式を挙げる。…来れるようなら来てほしい」
それだけ言うと、ディーノは僕から、机から離れていく。いつものジャケットを羽織り、身支度を整える。僕はずっと窓の外を見たまま。窓ガラスに、ドアの前で立ち止まったあなたが映って見えた。
「―じゃあな」
ディーノは、最後に僕の後ろ姿にそう言って、出ていった。
足音が遠ざかっていく。
あなたが遠ざかっていく。
「……」
僕は不思議と何の感情も湧かないまま、黙ってやがて消えゆく足音を聞いていた。
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