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「一言くらい言ってあげようかと思ってね」
僕はディーノの側まで歩いていく。すぐ目の前に立った。
「―結婚おめでとう、ディーノ」
僕にできるだけの笑みを浮かべて、祝いの言葉を言う。
「…恭弥」
身体をそっと抱き寄せられ、優しく抱き締められた。
「いいの?」
「…これくらい許してくれるさ」
これで最後だから。そういうことだろうか。
大きい手の平が、納得させるように僕の髪を撫ぜた。
しばらくそうしていて、ディーノが口を開く。
「…ありがとう、恭弥」
耳元に降る、僕の名前を呼ぶ声が震えてる。
「恭弥…」
泣いてるの?今泣いたら目を腫らしたままで式に出ることになるよ。恥ずかしい。あなたには笑っていて欲しいのに。
「幸せに、なって」
僕は泣いてやるつもりなんかないんだから。僕はあなたみたいに情けない奴じゃない。
「ならないと、咬み殺す」
「はは、手厳しいな」
やりとりの中で、身体を離すことはしなかった。もう少しだけ、この温かさに馴染んでいたかった。
次に降ってきたディーノの声は、酷く穏やかだった。
「…恭弥もな」
頬を撫でた手は一層温かくて。
もうこんな風に触れられることはないんだろうと考えたら、鼻の奥がツンと熱くなった。
肩に鼻を押しつけて、熱さとも痛みともとれる感覚をやり過ごす。
いつもの香りは真新しい服で薄れてはいたけど、僕は懐かしさに目を閉じた。
あなたにはもう大切にすべき人ができたわけだけど、僕にもいつかできるのかな。
もう僕の隣りに君はいないけど、いつか一緒に歩いていける人が。
あなたじゃなくて残念だけど、仕方ないよね。
僕がこれから誰を選ぶかどうかは分からない。しばらくは、まだ一人でいようかと―あなたを想っていようと思う。
今は別々の道だけど、僕はちゃんと自分の道を歩いていくから。
だからあなたも大切な人やものを支えて、自分の道を歩いて。
ありがとう、ディーノ。
さよなら、僕の運命のヒト。
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