掴まれる

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朝、マンションを出て自転車置き場に向かおうと思っていたのだけれど、あたしはなぜか走っている。橋本久志に腕を引かれて。 ヒールだし、スカートだし、大学の教科書やノートが入ってる重い鞄も持っている。 考えることはいっぱいあったけど、腕を掴まれたのがあまりに突然で、腕を振りほどくのも声を出すのも少し後になってしまった。 マンションから50メートルくらい離れた公園であたしは立ち止まった。 「何?」 息が切れてそれしか言えなかった。50メートルとは言え全力疾走。今日一日すべての体力を使ってしまったような。 でも精神的に疲れたのが大きくて、足を踏み出そうとは思えなかったし、そもそも行かせてもらえるとも思えなかった。 橋本久志は何を考えている? 「今日はマンションに近づくな。学校にも行くな」 「何で?」 「お前を守るためだ」 「誰から?」 「今は言えないけど、とにかく今日は俺とデートしよう」 「あんた、ふざけてるの?」 橋本久志はもともとちょっと馬鹿な男だとは思っていた。 マンションの隣に住むちょっとかっこいい人というのが最初の印象。 学科も一緒だと知り、立候補で幹事になるような、皆をまとめるのが得意な人だというのが次の印象。 馬鹿なことを言いながら皆を盛り上げるノリが良い人というのが今の橋本久志に対する誰もが抱く印象だろう。 馬鹿と言っても可愛いと思わせてしまうのが彼の魅力だと思っていた。 7月23日、出会って3ヶ月目にして、誘拐犯になるとは。
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