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楽しい時間は一瞬であったかのように過ぎ去った。
帰ってから、先生にもらった箱を開けてみると、中には銀の綺麗な細工のされているブレスレットが入っていた。輪状になっているそれの内側には何やら文字が彫ってあった。……けれど。
「……読めない」
ドイツ語……?だろうか。なんて書いてあるのか。
「明日、学校で聞けばいいか」
明日は卒業式。先生と、離れる日。淋しくはない。また、いつでも会えるから。晴れやかな、旅立ちの日だ。そう、思った。
俺には
先生には。
そんな明日なんて待っていなかったのに。
『仰ーげばーとーとしー我がー師のー恩ー……』
卒業生の合唱も終わり、残すところ校長講話だけになった。まわりは、泣いているヤツ、うつむいてるヤツ…いろいろだ。俺は、先生を探した。朝から姿が見えない。
「……どこからか見てるのか……?」
変な違和感を覚えつつも、俺の高校生活は無事、幕をおろした。
トゥルルル…トゥルルル…トゥルルル……ガチャッ。
『もしもし……?』
先生は結局、卒業式には来なかった。気になった俺は、以前聞いていた携帯の番号に電話をした。しかし電話の向こうから聞こえたのは、聞き慣れた優しい声ではなかった。
「あの……?俺…華月学院の…」
『……!あなたが…あの子がよく話していた生徒さんね。今から、K病院にきてくれるかしら』
「?はぁ……」
『私はあの子の母です。あの子が……会いたがっているから…』
「?あの、病院て……先生に何か…?」
俺は努めて冷静に振る舞おうとしたけれど、心臓は早鐘を打っているようだった。電話を持つ手に力が入る。
『……来てもらえればわかるから…』
ぷつっ ツーツーツー…
先生のお母さんの声は心なしか震えていて、泣いているようにも聞こえた。
電話が切れると俺は逸る心臓を押さえながら知らずと走りだしていた。
いやな予感がした。
不安に胸を押し潰されそうだった。
走っている間中、いろいろな事を考えた。急に事故にでもあったんじゃないだろうか…病気になった…?怪我をした?何があった…?
ただ、恐くて。必死に走った。恐くて。恐くて。
吐き気すら覚えるほどに。
……昨日はあんなに元気だったのに…?
俺はとにかく走った。
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