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――――出会わなければ、よかった―――――……。
俺は、彼女に恋をした。
彼女は、とてもとても、綺麗な人だった。
少し肌寒い風が吹いて、俺は目を覚ました。
放課後、学校の中庭。下校時刻と同時に出るバスは混んでいるので、俺は毎日ここで次のバスを待つ習慣がついている。大抵は読書をして過ごしている。
……今日はうっかり眠ってしまったようだけど。
そろそろ行こうか。そう思って本をつかみ立ち上がった時だった。
「うわぁっ」
というやたら可愛らしい声と共に、俺の背中に衝撃があった。反射的に振り替えると、その場に女の子が尻餅をついていた。
「びっくりしたよ。人がいると思わなくて」
そう言って恥ずかしそうに笑ったので、俺は軽く謝って立ち去ろうとした。しかし。
「ちょっと待って!私、迷子なんだ。職員室まで案内してくれない?」
なんで俺がそこまでしなきゃいけないんだ。
内心そう思って彼女をみると、ふと違和感を覚えた。小さいので後輩かと思ったが、彼女は学校の制服を着ていない。黒のスーツをぴしっと着込んで、少しヒールのある革靴をはいていた。小さな体とあまり長くない細い足に、それはあまり似合っていなかった。
「あんた誰?」
とついストレートに聞くと、彼女は少しきょとんとして
「先生よ。産休の新谷先生の代わりに明日から来るの」
あまりにも当然に言うので俺は固まってしまったが、先生は俺の腕をひっぱって
「はやくー。職員室!」
とせかすので、仕方なく俺は先生を案内した。
「あんな所で何してたの?読書?…あっ太宰治だ!私も好き!」
先生は一人でよくしゃべった。俺はあまり話すほうではないので、なんだか気が楽だった。
新谷先生の代理というだけあって本の知識は豊富らしく、興味深い話も聞かせてくれた。しかしどう見ても年上には見えないなと考え、職員室につく。
「本当にありがとね!また明日。私の授業、楽しみにしててよ」
そう言って手を振った笑顔は、結構可愛かった。
季節は夏。俺たちの出会いはこうして始まった。
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