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高三の秋。先生に出会ってもう二ヵ月が経とうとしている。
先生の授業はそれなりにおもしろく、黙って聞いているのも苦痛じゃなかった。俺は、出会った時のあの可愛らしい笑顔が気になって仕方なくて。気付けばいつも先生を目で追うようになっていた。
そんなある日の放課後。教室で勉強を終え帰る準備をしていたら、向こうの廊下を歩いている先生を見た。俺は、たまたま先程まで眺めていた現代文の教科書をつかみ、教室を飛び出し先生に話し掛けていた。特に話すことはなかったのだが、体が勝手に動いていた。
「あれ。どうしたの?」
あの可愛らしい笑顔で聞かれた俺はドキッとした。
先生の質問に少し戸惑いながらもさっき咄嗟に掴んできた教科書を差出しながら、
「あのっ、わからないところがあるんだけど」
と言って、先生を引き止めた。
『――――……こういう風に、この時Kは感じているの。だから………』
本当は別にわからないところなんてなかった。けれど、教室という閉ざされた空間で、先生が俺に向かってかけてくる声を黙って聞いているだけで、嬉しかった。先生のそばは心地よかった。
「すっかり遅くなっちゃったねー」
「………そうですね……。」
先生との時間に夢中になっているとあたりはいつのまにか真っ暗になっていた。時計を見ると午後八時。家に着くのは……九時くらいか。
「ね。バス停まで一緒に帰ろ?同じバス停だったよね?」
「え……。あぁ……いいけど…。」
前に一度、下校時にバス停で会ったことがあった。ちらりと目が合った程度で先生はバスに乗っていったから、まさか覚えているなんて思っていなかったけれど……。
先生が言う一言一言は、なぜか俺を喜ばせる。
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