30人が本棚に入れています
本棚に追加
先生は相変わらずよくしゃべった。先生の声が心地よくて、バス停に着かなければいいのにと思う。
もっと先生のことが知りたい。
一緒にいたい。
そう思ううちに、
「先生は、彼氏とか居んの」
ぽろっと、口にしてしまった。あわてて顔を背けて『なんとなく聞いただけ』といいわけがましく付け加える。
そっと先生のほうを見ると、先生は
「残念ながら、いないんだよね」
と明るく笑っていた。
その言葉にほっとしている自分に気付いて、ふっとため息をつく。俺らしくない。
こんな俺のように、先生に惹かれている生徒は他にもいるだろう。中にはストレートに告白するやつもいるかもしれない。そう思うと、なんだかおもしろくない。
ふと先生を見ると、一瞬。本当に一瞬だけ、悲しそうな顔をした気がした。
思わず「先生?」と声をかけると、先生はいつもどおりの顔で「ん?何?」
と返してきた。
それとほぼ同時に先生の乗るバスが到着して、「あっ乗らなきゃ。じゃあね」
とさっさと帰ってしまった。気のせいだったんだろうか。
俺は自覚してしまった自分の気持ちに気をとられて、そのことはすぐに忘れてしまった。
先生に、恋なんて。
無茶だよなぁとため息をついた。
風が冷たくなり始めた、高三の秋のことだった。
最初のコメントを投稿しよう!