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中国や朝鮮半島から、逃れてきた人々は日本に様々な技術を教えました。
中でも最大の功績は『稲作技術』です。
縄文時代の水田跡が発見されたニュースを聞きました。
しかし、より効率にしたのは、大陸からの渡来人だったのかも知れませんね。
難しい、題を付けたけど、逃げないでね(^^)
第五話【弥生時代、貧富の差と騒乱の発生】
中国大陸や朝鮮半島からの、渡来民が来るに連れて、食べるものもにも困らなくなり(水田稲作技術の発達)人口も増えて、『富』(余剰農産物)が発生します。
弥生文化以降、富が社会の構成原理になりました。
富が社会的対立、混乱、争いの主因の一つとなって、今日に至ってます。
ただし、それは縄文時代に形成された日本人の心性、自然観、宇宙観を破壊することなく受け継いだと思います。
農富社会にはまだそういうゆとりはありました。
やがて、金銀などの貴金属・玉などのアクセサリーを欲しがる欲望が発生します。
権力を持った人の欲望です。
支配する者される者、社会的階級が産まれました。
そして、富や権力の争いが発生します。
やがて、大陸から次から次へと日本に渡来人がやってきます。
上陸地は、海流の影響から、北九州などに上陸したと予想できます。
昔から居た渡来人達は、追われるように関西地方へ移っていきました。
そんな中で、出雲王朝を立ち上げ、平和的に国をまとめていく人が現れました。
スサノウ(素盞嗚尊)です。
つづく
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