第一幕 エルザ:背中合わせの二人

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「……何だ?」 「ううん、もし、カルロスが来なかったら……って思って」 「らしくないな、そんな奴じゃないだろ彼は」 「そうなんだけど……なんか最近、昔の彼とは違うような気がして…」 「昔?」 カレンはエルザ達の昔の事は知らない。 カルロスについては、彼女から色々聞いているが、前の生活の事に関してはさっぱりだ。 最も、自分自身から知りたいと思った事も無いが。 「昔って、いつ頃の話だ?」 「一年ちょっと前、まだ普通に働いてた頃よ」 ゾンビがいない頃か…… なら、本当に分からない。 「あの手紙も、その時に書いた物なの」 彼女が左手に持つのは、先程の紙切れだ。 グラスを流しに置いて、しわになったそれをそっと開く。 相変わらず判読不能だ。 切れ切れというのもあるが、彼女の涙のせいで滲んでしまっているのが一番の理由だ。 「あの時は、あれがあったせいで出せなかったから……」 「で、今日改めて見せてみたと」 「……なんなのよ、あたしの気も知らないであいつ…」 持っていた彼女の手が、小さく震える。 ギュッと紙端を掴み、しわが更に出来ると同時に、憂鬱な顔に少しだけの怒りが見え始めた。 「こんな事になるんだったら、カルロスを殺して、あたしも…」 「落ち着けって」 そこでカレンはワインを飲んだ。 酒はそれほど好きではないが、飲まなきゃ彼女がその事に文句を言う。 今まで幾度となく経験してきた事だ。 喉が渇いてたというのもあって、少し多めに飲む。 三分の一ほど減らした所で、顔をエルザに向け直した。 「……よかったら、その時の事話してくれないか?」 「いいけど、少し…長いわよ」 「構わないよ」 エルザは、グラスを持つと両手で中の液体を見下ろす。 そして、一息をついた所で語り出した。 中に浮かぶ紫が、小さくたゆたった。
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