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結局朝まで飲んで、そのままほろ酔い気分で家路につくと、居間に荷物がまとめられていた。
テーブルには手紙が一枚。
「仕事があるので残り手伝えなくてごめんね。」
と書かれていた。
そして横にはこのマンションを借りた時の敷金礼金、家具の代金の半分が封筒に入れられ置いてあった。
なんだか急に悲しくなった。
酒が入ってるからだろうか。
同居して一年。そこにも思い出がいっぱいある。
一緒に料理を作ったキッチン、飲み過ぎて吐いたトイレ。
愛し合ったベッド。
君の髪、肌、温もり。
その全てを置いていかなければならない。
テーブルに化粧品が転がっていた。
そういえば、ある休みの日、暇だからって理由でこの化粧品で顔中落書きしたっけ。
クリスマスの時も、サンタさんの格好して部屋中装飾して料理作ってプレゼント置いて待ってたっけ。
結局お返しはなかったけど。
ちょうど頬を伝った涙が乾く頃、引っ越し屋がピンポンブザーが鳴った。
実家へ移動中の車内は、実に気まずいものだった。
社会人になってすぐ夜の街で働き始めた男は、免許をとる時間がなかった。
朝まで飲むことは教習所で飲酒運転をすることを意味する。
従って20代半ばに差し掛かった今も免許がない。
引っ越し屋の車の助手席に座っているのだ。
元々2人乗るようには出来てなく、荷物を無理やり寄せて座らされている感じで、40も後半であろう運転手は心なしか機嫌が悪い。
男もまた機嫌が悪かった。
ぎゅうぎゅうに車内につめられたからではなく、ダッシュボードに幸せそうな運転手とその嫁さんらしき人物が写ってたからである。
別に聞きたいわけでもないのに職業病で聞いてしまった。
「奥さんですか?」
急に運転手の顔がほころんだ。
「ええ、まぁ。」
聞いた手前ムッとしてしまった。
「幸せですか。」
「ええ、まぁ。」
いっそうほころんだ。
「お子さんは?」
「いますよ。」
「愛していますか。」
「やっと出来た家族ですから。」
車は実家へとゴトゴト音を立てながら向かっていった。
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