帰郷。

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優柔不断な性格のせいか少しでも思い出に残るような、心に引っかかるような品物は保管しておくくせがある。     それが書類みたいになって、たまに整理をする度に顔を出す。     それまで男はしばしば仕舞っていることを忘れているのである。           その新聞紙の裏にもう一枚、薄い半紙のようなものがくっついていた。   いかにももろそうなので慎重にはがしてそれを見る。         非常に懐かしいものだった。 小学校一年生の頃だろうか。   この薄い半紙は絵のようなものの上に被せると透けて見えるので、なぞり書きをするときにつかうものである。     その薄っぺらい半紙には子供の頃大人気だったロボットがなぞり書きしてあった。     その下にはぎこちない平仮名で、 「おにいちゃん、たんじょうびおめでとう。」     の文字が。   妹が初めてくれた男への誕生日プレゼントだった。   おにいちゃんの「や」の字が、まだ小さかった妹には難しかったんだろうか、限りなく「か」の字のように見える。     「おにいちかん、たんじょうびおめでとう。」 何も知らない人が見たらそう読むに違いない。     もらったときすごく嬉しくて今でもでも捨てられずにいた。         あの時の妹のあどけない笑顔が、気持ちが、まるで今もらったかのように伝わってくる。 思わず顔がにやけてしまった。         つい寄り道してしまった。また片付けをしなければと思いはするものの、ついつい別の書類に目を通してしまう。     次に出てきたのは一通の手紙だった。     なぜかあまり見覚えがない。 宛名は男へのものだが差出人の名前が書かれていない。     封は破かれているので中を覗いてみる。   少し目を通すと差出人がすぐわかった。         母からの手紙だった。         ボーイスカウト時代、キャンプの時リーダーの皆さんが前もって子供に内緒で親に手紙を書いてもらってきていた時のである。 省略はするが、         『母としてただただありがとうの言葉しか伝えることができなくてごめんね。   私はあなたの親として何か一つでもお役にたてましたか?   自分がこの世を去った後、何かひとつでもあなたに伝えることができたなら、自分が生まれたことに感謝できるような気がします…』   と、男に対する感謝の言葉が述べられていた。
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