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ここは市内から少し外れた小さな町。
良く言えば、古き良き時代の名残が残る、悪く言えば、時代に取り残された、小さな町。
そして、そこにある古びた映画館。
周りの建物同様に、廃屋に見間違えられても文句は言えないだろう。
勿論、この映画館も、他の建物同様にちゃんと機能を果たしている。
そして、ここでは今日も古い映画が、淡々と上映されていた。
今時流行の特殊効果やCGも使われていない、古ぼけた白黒映画。
しかし、上映されている映画に反して、客の入りは好調で、この時間も空席は見当たらなかった。
実はこの映画館は、マニアの間では少し有名な映画館で、ビデオ化すらされていない、隠れた名作に出会える店として知れ渡っていた。
事実、今日上映されている映画も、そんな珍しい作品の一つで、客の大半もそれを目当てにやってきた映画マニアばかりだった。
そして、それを熱心に見ているA太も、そんなマニアの中の一人だった。
彼はこの町ではなく、市内で、一年前に結婚した妻と二人、小さなアパートで生活をしている。
月に二三回、電車を乗り継ぎ、遠路はるばるこの町へと足を運んでいるのだ。
「あのぅ……」
彼が映画を見ていたその時、不意に彼は話しかけられた。
声からして、若い女性であるのは間違いない。
「あのう……」
その声の主は、再び彼に呼びかけてきた。
「はい……」
彼は声のする方へと顔を向けた。
そこには予想通り、若くて、そして端麗な面持ちをした女性が座っていた。
その姿は本当に美しく、今時の若者らしいその服装や髪型は、古ぼけた映画館では異彩を放っていた。
「すいません」
その女性は、小さな声で申し訳なさそうにA太に話し掛けた。
「どうかしましたか?」
A太がそう言うと、女性は横目で、反対側の席に座る人を見た。
「あの……あの人、さっきからどさくさに紛れていやらしいことしてくるんです。私の思い込みかも知れないんですけど、良かったら、席代わって頂けませんか?」
「えっ、それはいけない!僕は全然構わないんで、さっ、早くこちらに」
そう言って、A太は素早く彼女と席を入れ替わった。
(うっ……凄い臭いだな)
席を入れ替わった途端、まるで糠漬けと間違わんばかりの悪臭が、A太を襲った。
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