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総司は少しの間桜を見、それから彼女を見た。
「とても綺麗ですね」
思ったままを口にすると彼女は淡く微笑んだ。
「この時季になると…桜が呼んでいるような気がして…」
彼女はそこで言葉を途切れさせ、また柔らかな視線で桜を愛でる。
総司もそれに習った。
しばし…2人は無言で桃色の風の中にいた。
━…
━━…
━━━…
帰り道。
彼女を家まで送る総司。
「…そうだ、貴女のお名前を聞いてもいいですか?」
「名前…」
「はい…あ、差し支えがなければ、でかまいませんよ」
この時代おいそれと本名を名乗れないことも多い。
まして自分は新撰組。
今のところ背中の『誠』に反感をもっているようには見受けられないが…
「…ミハル」
「ミハル、さん?」
こくっと頷き空に字を書く。
「『未』…『春』…春を待つ…って意味」
なるほど、と総司は頷いた。
彼女━未春にぴったりだと思った。
「名前…」
ポツリと視線で尋ねられ、自分もまだ名乗ってないことに気付く。
「あぁッ…僕から聞いたのにすみませんッ」
慌てふためく総司を未春は笑った。
決して小馬鹿にしたような笑いではなく…故郷の姉━みつに似た、穏やかな見守る様な笑顔で。
「名前…教えて」
だから繰り返された問いに、総司も笑った。
「僕は沖田総司…ご覧の通り…新撰組です」
「総司…」
噛み締めるように、未春は何度も呟いた。
「総司」
「はい」
「…総司」
「はい」
「総司…」
「はい」
「うん…覚えた」
「それはよかった」
嬉しそうな未春を見ていると、桜を見ている心情と被る。
『いつまでも…みていたい…』
そのうち、彼女が「ここでいい」と言った。
家のすぐそばなのだろう。
「また…逢えますか…?」
離れ難さに口をついた言葉。
未春は少し驚いた顔をした。
それから
「お互いに死なないで…生きていたら…また明日…」
なんとも彼女らしい言葉が総司に返って来た。
総司は笑って
「では…また明日に…」
そう言って屯所へと帰った。
その背に
「…死なないで…」
彼を見送った霞みを見る様な視線と、風に掻き消されそうな呟きを受けた事を知らぬままに…
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