桜の頃に…

3/3
前へ
/14ページ
次へ
総司は少しの間桜を見、それから彼女を見た。 「とても綺麗ですね」 思ったままを口にすると彼女は淡く微笑んだ。 「この時季になると…桜が呼んでいるような気がして…」 彼女はそこで言葉を途切れさせ、また柔らかな視線で桜を愛でる。 総司もそれに習った。 しばし…2人は無言で桃色の風の中にいた。 ━… ━━… ━━━… 帰り道。 彼女を家まで送る総司。 「…そうだ、貴女のお名前を聞いてもいいですか?」 「名前…」 「はい…あ、差し支えがなければ、でかまいませんよ」 この時代おいそれと本名を名乗れないことも多い。 まして自分は新撰組。 今のところ背中の『誠』に反感をもっているようには見受けられないが… 「…ミハル」 「ミハル、さん?」 こくっと頷き空に字を書く。 「『未』…『春』…春を待つ…って意味」 なるほど、と総司は頷いた。 彼女━未春にぴったりだと思った。 「名前…」 ポツリと視線で尋ねられ、自分もまだ名乗ってないことに気付く。 「あぁッ…僕から聞いたのにすみませんッ」 慌てふためく総司を未春は笑った。 決して小馬鹿にしたような笑いではなく…故郷の姉━みつに似た、穏やかな見守る様な笑顔で。 「名前…教えて」 だから繰り返された問いに、総司も笑った。 「僕は沖田総司…ご覧の通り…新撰組です」 「総司…」 噛み締めるように、未春は何度も呟いた。 「総司」 「はい」 「…総司」 「はい」 「総司…」 「はい」 「うん…覚えた」 「それはよかった」 嬉しそうな未春を見ていると、桜を見ている心情と被る。 『いつまでも…みていたい…』 そのうち、彼女が「ここでいい」と言った。 家のすぐそばなのだろう。 「また…逢えますか…?」 離れ難さに口をついた言葉。 未春は少し驚いた顔をした。 それから 「お互いに死なないで…生きていたら…また明日…」 なんとも彼女らしい言葉が総司に返って来た。 総司は笑って 「では…また明日に…」 そう言って屯所へと帰った。 その背に 「…死なないで…」 彼を見送った霞みを見る様な視線と、風に掻き消されそうな呟きを受けた事を知らぬままに…    
/14ページ

最初のコメントを投稿しよう!

49人が本棚に入れています
本棚に追加