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狩りの経験が浅いクラップは、身の程を知らなかった。
腰が砕けた様に定まらず、足の震えが止まらない。
それでも、唯一立ち向かえる口で、必死に戦意を露わにした。
「お前なんか怖くねえっす! だから、そんなおっかない顔で威嚇しても無駄っすよ!」
右手に持つ短剣を獲物に向け、力の限りで虚勢を張った。
魔法でも使えれば良いが、そんな物は遥か昔に途絶えている。
小さな森の中で響くクラップの声は、春風に揺れる葉の音によって掻き消された。
対峙する獲物は、彼の体躯よりも遥かに大きな猪。蒸気の様な鼻息を出し、前足で頻りに地面を蹴っている。
クラップまでの距離は十メートル程あるが、猪の脚力であれば、詰め寄るのに五秒と掛からないだろう。
「い、い、今なら見逃して上げるっす。ほら、尻尾を丸めて逃げるが良いっすよ」
へたり込みそうになるのを必死に堪え、震えた声で促した。
しかし、猪は全く動じない所か、体勢を低くして後ろ足に体重を乗せていた。
「うん、はい、ほら、逃げるが良い……逃げて下さいっす」
クラップがそう言って後退りをすると、猪は歩を進める。また下がり、また進める。
「いや、言葉を間違えてたっす。見逃して下さ……ぐげっ」
蛙の様な濁声を出し、クラップは後退りを止める。いや、止めざるを得なかった。
踵に硬い物が当たる感触。振り返るまでもなく、クラップは理解した。行き止まりだ、と。
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