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「…なんでここにいるんだよ?」
気だるそうに土方が言葉を吐く。
「土方さんの部屋にいると、誰も来ないんですもん。」
「……嫌味か?」
舌打ちする土方に、花蓮はクスクスと冷笑を浮かべた。
事実、土方の部屋には誰も来ない。
“鬼”の部屋にやってくる度胸のあるものはなかなかいない。
花蓮は壁に背中を預けて座っていた。
お膳やお茶を運ぶ時間でもないのに、土方の部屋に居座る。
土方も花蓮に出ていくよう促すのも諦めて書類に目を通しはじめた。
「土方さん。」
スッ襖が開く。
花蓮はため息をついた。
忘れていた。
“鬼”の部屋を訪れる度胸のある人が、花蓮の他にもう一人いたのだ。
沖田総司。
現在花蓮がもっとも苦戦する相手だ。
「あ、花蓮さんも来てたんですね。」
にっこり笑顔。
花蓮は小さく頷いただけだった。
「近藤さんが、会津藩邸から戻りましたよ。」
そう言いながら、沖田は土方の部屋に入ると腰かける。
「そうか。」
土方は書類から目を離さずにそう言った。
「花蓮さんは、どうしたんですか?」
気遣ってくれる人たちから逃げるように土方の部屋にいることを知っているのか知らないのか、沖田は満面の笑みで尋ねてくる。
「…何でもないです。」
笑顔すら消し去って。
花蓮はふいっと顔を逸らせてそう言った。
「…そうですか。」
沖田も何も聞かない。
その後は土方に話をふって、何やら盛り上がっている。
花蓮の心の中で、何かがぐしゃりと絡む。
この人の前になると、全てを覆い隠す笑顔さえ作れなくなる。
そんなもの無駄だと。
そんなものお見通しだと。
この人は、花蓮に嘘さえつかせてくれない。
ましてや本当のことなど、言えるわけがないのに。
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