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【2】
少女のまっしろい肌が、時折、職員室の枠から見え隠れする。
「おれは阿部だ。おまえは?」
礼二はできるだけ優しく言ったつもりだったが、返事が返ってこない。
「名前もわすれたのか」
唇の端を上げて笑った。
すると思いの外まじめな声色で、「うん」、とうなずいた。
今度は礼二が返答に困り、黙りこくるしかなかった。
「阿部先生が名前、つけて」
ばかばかしいと思いながらも、真剣に考えた。どうもこの少女は適当にあしらえない。
「雪」
「セツ?」
礼二の言葉に反すうするように、少女はつぶやいた。
「雪のように白いから」
本当は、白くてきれいだから、と言ってやりたかったが、30過ぎの男に言われると気持ち悪いか、と自重する。
「かわいい名前ですね」
うれしそうな少女の笑い声が耳に届いた。
「いい人ですね」
「誰が」
「阿部先生が」
2人の声は、夜の学校にしっとりと響いた。
「セツはきれいだ」
……何を言ってるんだ俺は。
少女はたぶん、そのきれいな目で、はにかみながら笑っているんだろう。
「じゃあ、名前はもらっていきます」
少女の足音が、廊下を渡っていく。
「あ……!」
引き止めようにも、その場には白くてきれいな雪の結晶しか残っていなかった。
「セツ」
誰もいない暗闇が支配する廊下に、むなしく響いた。
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