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その夜、礼二はひとりううんと伸びをした。こわばった骨がぽきぽきと鳴る。
礼二は今年32歳になる、いわゆる『いい大人』であり、高校教師をしていた。
担当科目は社会で、これといって教え方の評判がいいわけでもなく、かといって悪くもなく、同年輩の女教師との浮いた話もない、どこにでもいるふつうの男だった。
もうすぐ懇談会があり、その際に通知する自分のクラスの生徒の成績をまとめていた。
思った以上に長くかかってしまい、もう8時を回っているところだ。
「帰るか」
ひとりでつぶやいたはずのそに声に反応するように、がたんと自分の背中側のドアが鳴った。
別にお化けがこわいわけでもないが、どろぼうだといけないので、念のために立ち上がって見に行った。
「……どうしたんだ」
細い胴体にひょろりと長い手足の、しかし小柄で短い髪の少女が、三角座りをしていた。
この学校の制服を着ていたので、生徒だろう。
「先生ですか」
真っ暗の廊下にいたので、明かりにあふれた職員室をまぶしそうに見遣る。
見たことのない生徒だった。
「早く帰らないと、危ないぞ」
少女はぼう、と礼二を見上げると、やわらかく笑った。マシュマロみたいな笑顔だ。
だいぶ地味なこの高校の制服も、少女がまとうとどことなくかわいらしく見える。
「帰る家がわからないの」
蚊ようにか細く言うと、ひざに顔をうずめた。
参ったな。礼二はため息をつく。
少女は泣いているわけでもなく、困惑してるだけだったが、ほうっておけなかった。
まぁ親とでもけんかして家に帰りたくない気分なんだろう。礼二は薄い唇で笑った。
自分の家につれてかえるのは問題だし、ひとりにするのもなんだし、
「しょうがない」
廊下側と職員室側。少女と礼二は、かべをいちまい隔てて背中合わせに座る。
「今日一日くらい、いてやるよ」
「家で彼女が待ってないの」
「いないよ、そんなの」
「うそ」
「本当だって。つい最近別れた」
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