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その母親は少し照れ臭そうに笑った。
その仕種をどこかで見たような気がしてならない博人は、必死に思い出す。どこかで見た、その笑い方。
(俺がガキの頃?その頃、俺はこの人に逢っている?)
もっと深く思い出してみる。
(……あれ?)
そうしていると、ぼんやりと浮かんできた。博人の周りには女の子が二人いて、少し離れたところで塔子と莉緒たちの母親と思しき人物が談笑している。だが、確証はない。もやがかかったみたいに顔が見えないのだ。それでも、名前は思い出せた。
「涼子、さん……?」
その名前を口にする。
「あら、思い出してくれたの?」
眼前の母親――三滝涼子は、嬉しそうに笑った。その仕種が妙に子供っぽいから、可愛い。
「ええ!?じゃあ、この人はひぃくんなの!?」
ハスキーボイスが今更驚きながら叫んだ。
「そうだよ。つか、まだひぃくんって呼ぶのかよ、美香ちゃん」
博人はさっき思い出したばかりのハスキーボイスの名を呼んだ。まだ昔の愛称で呼ぶ美香を、博人は懐かしく思った。
「あったりまえでしょ。ひぃくんはひぃくんだもん」
しゃがんで博人の目線に合わせつつ、美香は笑った。
その後ろ、わなわなと震える悲鳴声の莉緒。彼女も博人をよく知る人物の一人だ。と言っても、それは5歳までの話だが。それから博人は引っ越してしまったのだ。別れ際、莉緒は泣きながら見送った。その途中、今になってみれば顔から火が出る程恥ずかしい言葉を吐いたりした。
(まさか。覚えてないわよ)
そうやって落ち着こうとするが、自分ははっきりと覚えている。その約束の言葉を。
(覚えてないわよ……)
まだ落ち着かない。
博人はそんな莉緒を見て、
「あの……思い出したんだけどさ」
莉緒が目を見開いたのに気付いた。
「な、なにをよ!?」
動揺して震える声。莉緒は自分がまるで落ち着いていない事を恨んだ。
「莉緒さんが……その、俺が引っ越しする時、俺に言ったあれ……」
「っ!」
途端、びくっと身体を震わせる莉緒。あの時は子供だったから良かったが、今になってみると、完全にマズイ。莉緒が言った言葉は、博人に対する愛の告白なのだから。
ぽりぽりと頬を掻き、博人は臆していた。何故なら、莉緒が博人に言った言葉は、
「『博人くんは私から逃げられないんだからね。約束よ』っていうあれ……軽く怖かった。今になってみれば大丈夫だけど」
博人にしてみれば、恐怖の言葉だったからだ。
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