とそあど

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「……へ?」 呆けた莉緒は、思わず間抜けな声をあげてしまった。 確かにそれは言った。だが、莉緒にとって恥ずかしい言葉は、そのあとである。 (――博人くんは私から逃げられないんだからね!約束よ!――) そのあとの言葉。思い出すのも恥ずかしいが、莉緒は自然とその言葉を思い浮かべていた。 (――次に逢ったら、彼女にしてねっ!――) 湯気が出た。 「あれ?お姉ちゃん、どうしたの?なんか赤いけど」 美香がいち早く気付く。莉緒は言い繕うように、 「ななな、なんでもないわよ!」 震える声で返した。次いで博人を見てみる。 「どうかした?」 博人は覚えていないらしい。それも仕方ない、と莉緒は安堵した。 (あれは走ってる車に向かって言ったからなぁ……) 博人には聞こえていなかったのだろう。だから博人は尻込みしている。それは少し残念だが、助かってもいる。 下手に聞こえていると、それも覚えられていると、 (恥ずかしくて顔なんて合わせらんないよ……) 莉緒にとっては非常に困るのだ。 「あの」 莉緒が一人悶々としていると、博人が軽く手を挙げた。 「俺の荷物、どうしました?」 博人にとっては大切な物だ。近所に配る為の物なのだから。 荷物と聞いて、涼子には即座に思い付く物があった。 「これよね?」 近くにあったらしく、涼子はそれを博人に返した。紙袋に入っており、数を確認すると、すべてあった。 「そうそう。それじゃあ、一つどうぞ」 そう言って、博人は紙袋から一つ取り出し、涼子に渡した。元々渡すはずだった物だ。 「あら、いいの?」 「ええ。今、母さんの提案で近所に配り回ってるところなんで」 「へえ。そう言えば、今回は引っ越してきたのよね?」 「ええ」 「だったら、あとで塔子に来るように言ってくれない?久しぶりに話したいからね」 涼子が言い終わった時、突然電子音が鳴った。どうやら三滝家の電話らしい。 「あ、ちょっとごめん」 涼子は電話のもとに向かった。 残されたのは、博人と美香と、莉緒。初めに口を開いたのは、 「ねね。ひぃくんは今までなにやってた?」 元気一杯の美香だった。その艶のある黒髪が近くに来て、いい匂いがする事を博人は嗅ぎ取った。 「ああ、剣」 と言いかけて、やめた。それがいい思い出ではなかったからだ。 「剣、なに?」 あどけない顔で美香が訊き直してくるが、 「……なんにもしてなかったよ」 博人はそれ以外言えなかった。
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