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そこで、博人はようやく腰を上げた。いつまでもいるわけにはいかない。身体が無事なのだから、配達しなくてはならないのだ。
「あ。もう帰るの?」
未練がましい口調で美香が寄ってくる。博人は「ああ」とだけ言って頷いた。
「そっか。じゃあまたね」
「ああ。また」
後ろで莉緒が博人に手を振っているのも気がつかず、彼は玄関に向かった。
「あら、帰るの?」
そこでちょうど電話が終わったらしい涼子がいた。玄関にある電話というのもなかなか風情がある、と博人は思った。
「はい。また逢いに来ます」
「そうね。逢う事になるわよ」
「え?」
涼子は微笑み、電話をちょいちょいと指差す。それがなにを意味しているのか、博人には分からなかった。
「さっきの電話、塔子からだったの。それで、博人くんが莉緒と美香が通ってる高校に編入する事が決まってるって聞いたわ」
なるほど、と博人は納得した。
「同じ高校ですか」
「あら?あんな美少女二人と同じ高校は不満かしら?」
こんな事を言い出すところも涼子らしい……そんな感じがした。よく覚えてはいないが、こんな性格なのだろう。
「不満なんてありませんよ。なんたって美少女ですからね」
少し調子に乗って博人が言うと、
「へえ……そんな風に見てたんだ?」
怒りの篭った声が、後方から。
そちらを見なくても分かる。莉緒の声だ。恐る恐る振り返ると、天井を貫く程の怒髪天・莉緒と、
「ボクは別にいいけどねー。お姉ちゃんは過敏に反応しすぎだよ」
ハスキーな声で莉緒を止める美香が見えた。どうやら二人して見送りに来たらしい。
「だって私たちの事をそんな目で見てたんだよ!?なんでそんなお気楽なのよ!」
ヒステリックに叫ぶ莉緒。そんな彼女を見て尚ニコニコ顔の涼子。
(狙ったな……)
今更気付いても遅いが、博人はノせられた自分を呪った。
「ほら。また出た。自意識過剰なんだよ」
美香が言うと、莉緒は「む」と呻くように言って、その後はなにも言えなくなった。
「じゃ、帰ります」
そそくさとその場を去る博人。
「じゃあね!また始業式の日にね!」
美香が元気にそう言ったのが聞こえた数秒あと、
「大事な始業式なんだから、当日は寝坊しちゃ駄目よ!」
涼子のそんな声が聞こえた。
(始業式か……)
桜が風に揺られている。そんな桜並木を、博人は荷物を持って駆け抜けた。
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