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「莉緒ちゃんと美香ちゃんも一緒ね。少しは気が楽でしょ?」
「まあね。これが男だったらもっと楽なんだけど」
「ヒロくんってそんな趣味が……」
「ツッコミを待ってるのか?」
その会話の中で、思い浮かんだ男がいた。それは一人ではない。幼い頃によく遊んだ親友だ。一人は気の強い奴で、もう一人は達観している奴だった。五歳で引っ越す前の話だから、向こうは覚えていないかも知れないが。
朝食をすべて食べ終え、博人は鞄を手に玄関に向かった。そろそろ登校の時間だ。
「そんじゃ、行ってくるよ」
靴をしっかりと履き、塔子に向き直る。塔子は優しく微笑んで、
「いってらっしゃい」
と手を振った。出勤まで余裕があるらしい。
高校までの道程は覚えている。一度下見を兼ねて行ってみたのだ。歩いて15分程度かかった。
(ま、時間に余裕はあるし、急がなくてもいいよな)
博人は急がず、ゆっくりと高校に向かった。その途中、博人と同じブレザーを着ている何人かの生徒をちらほら見かけるようになった。その急いでいない様子から、彼らも時間に余裕があるのだろう。
博人がその人の波に乗り始めた時、
「おはよーっ!」
そんな元気な声と共に、首に腕をかけてくる美香が現れた。
「おはよう。つか、びっくりさせるなよ」
首に腕をかけてきた時が一番驚いた。不意打ちというものは、どんな時でも驚いてしまう。
「みゃはは、そんなに驚いた?」
さらりとした黒髪が博人の顔にかかる。それだけ近いのだ。
「ああ。いいから腕を離そうな」
そう言って博人は美香の腕を持ち、首から離した。
その時、
「美香!先に行くにしても早過ぎでしょ!」
美香よりも長い、青みがかった黒髪を風にたなびかせ、莉緒が駆けてきた。
「みゃはは、だってお姉ちゃん、遅いんだもん」
美香は笑っていたが、
莉緒の表情は固まった。
「……どしたの?」
笑いを止め、美香は莉緒を見た。その視線の先には、
「なんだ?ああ、挨拶がまだだったな。おはよう」
博人が握ったままの、美香の手首があった。
「……なに、握ってんのよ」
ぼそりと、莉緒は博人に言った。だが、それはしっかりと博人の耳に入った。
「い、いや、これは……なあ?」
瞬間、ぞくりとした博人は、美香の腕を放せない。固まってしまったのだ。
美香に助けを求めるが、
「みゃは?」
八重歯を軽く覗かせるだけだった。
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