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「あのね……朝からそんな事しないでくれる?」
ゆらり、と莉緒が一歩一歩近付く。博人はその様子を見ている事しか出来なかった。恐怖で足がすくんでいたのだ。
「やっぱり神崎くんも男なんだね。まったく、いやらしい……」
やがて博人の手前まで行き、彼が握っている美香の手首を見た。見て、即座に離した。そして博人に罵声を浴びせ、美香の手を取ってつかつかと歩いて行った。博人は最後まで動けなかった。
「およ?いいの?」
美香は莉緒に引っ張られながら訊く。莉緒はなにも言わない。
「ひぃくんを独りにしちゃうの?」
尚も引っ張ってくる莉緒は、美香のその言葉で足を止めた。数秒そのままだったが、すぐにまた歩き出した。
「所詮は男なのよ。いやらしい事しか考えてないの。神崎くんだって同じだわ」
本当はそんな事が言いたいんじゃない。ただ、素直になれなかった。
莉緒はそれから一言も喋らず、美香を引っ張りながら登校した。
「……怒らせたか」
博人は溜め息を吐いた。これで莉緒の気に障るような事をしたのは何度目だ、と自嘲してしまう。
「まあいい。学校に行くか……」
そう呟いてまた歩き出した博人の背中に、
「なあ」
そんな、少し眠そうな声がかけられた。そちらを向けば、そこにはブレザーを着て眠たげな顔で博人を見る少年がいた。
「なにか?」
博人は訊いてみた。先に声をかけてきたのだから、なにかしら用があるのだろう。
「お前さ、度胸あるな。あの三滝莉緒を怒らせるなんて」
欠伸をしつつ、少年は言ってきた。
その言葉の意味が分からなかったので、もう一つ訊いてみる事にした。
「どういう意味だ?三滝莉緒って、そんなに凄いのか?」
「なんだ?知らないのか」
すると少年は瞼を擦りながら教えてやった。
「うちの学校じゃかなりの有名人さ。曲がった事が大嫌いな奴で、勉強もスポーツも出来る。加えて顔もいいときたら、もうモテる事モテる事。そんな彼女を怒らせると、大変な事になっちまう。ファンクラブの連中が黙っちゃいない。近日中にボコられるぜ」
少年は最後にまた欠伸をした。「んじゃな」と言葉を残し、少年は博人の前から立ち去った。
博人は考えていた。
(ファンクラブの連中は怖そうだなぁ)
これからどうするか。基本的には莉緒がファンクラブに不機嫌の理由を教えなければ問題ない。
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