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翌日。土曜日だというのに、博人は早起きをしていた。昨夜はそれなりに夜更かししたつもりだったのだが、何故か頭が冴えている。
「興奮してんのかな。やっと逃げられるし」
ぼそりと呟きながら、博人はベッドから身を起こす。まずは昨日のうちに用意しておいた服に着替え、寝間着を丁寧に畳んでダンボール箱に移した。これは引っ越しの荷物だ。
「おはよう」
リビングに足を運び、そこで朝食を作る母を見て、まず朝の挨拶をする。塔子はこちらを向き、にこっと笑いながら「おはよう」と返し、テーブルの上にパンとサラダを置いた。
「…………」
博人はそれらを食しつつ、我が家を見回した。一週間前まではもっと綺麗に飾られていた我が家と今を比べると、かなり違和感がある。
オーブントースターはコンセントを抜かれている。電話線も同様に。
冷蔵庫にはたくさんのマグネットで付けられた紙。今はもうない。
キッチンの包丁は一本のみ。その近くには入れ物もある。これから洗って片付けるのだろう。
このリビングだけでも、がらんとしていて寂しささえ感じる。
(引っ越しなんだな……)
今更――本当に今更、博人はその実感を噛み締めた。
ピーンポーン。
「あら、業者の方かしら」
そこにチャイムが鳴り響く。塔子はぱたぱたとスリッパを鳴らしながら玄関に向かった。
「はーい」
「おはようございます!引っ越しの境です」
「ご苦労様です。それじゃ、早速お願いしようかしら」
「はい!」
出された物を全部食べ、博人が皿を洗っているところに、業者はやって来た。どうやら数人いるらしく、男女混じったメンバーだった。
「ご苦労様です」
とりあえず定番の言葉を言う。
「ここの荷物は運んでもいいですか?」
冷蔵庫やらテーブルやらの事だろう。博人は手伝いを買って出た。業者は快く了解してくれたので、博人も荷物を運んだ。
「引っ越しの境、だっけ?立派なトラック持ってんな」
外に駐車してあるトラックを見て、博人は思わず呟いていた。
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