序章

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聖巡で彼らが歩む道のりは、天使ラミナスが経験した苦しみと同じ苦しみを与えるといわれている。 崇める神と同じ苦しみを経験しなければ、その尊さが分からない、という立場からの決まりだった。 食糧の持ち運びは洗礼をうけるまでは禁止されている。 道中で、修道者達は、食糧を献上される。 下手な旅の仕方をすれば、食べ物に一週間以上ありつけないこともあり、その苦しみは修道者達に、食物のありがたみを記憶させる。さらに、修道者達に喜んで食物を献上する一般の人々の姿は、ラミナス教の権威を修道者達に教える。 「ギーツ・ハイラル。参りました」 神殿騎士団に入団して、まず教えられるのはファスへの道のりと、正しい口のききかたである。 というのも、ラミナス教徒達から見れば、ギーツ達は未開の地の異民族と同じ、無法者だからだ。 「御苦労様です」 神父のベルンが、綺麗な標準語で言った。 「こちらはタフィー・ブレン」 ベルンが隣に立つタフィーを指し示す。 「タフィーです。お世話になります」 こちらはこちらで、宮廷の人間が用いる上級言語でタフィーが、小さく頭を下げつつ、挨拶する。 ギーツは、平民が用いる下等標準語を話す。というより、他の言語を彼は知らない。上級言語と下等標準語の違いは単語のどの音を強く発音するかで決まる。 例えば、ガリアスという単語でも上級言語では頭を強く発音し、下等標準語では尻を強く発音する。 ベルンが用いた標準語は、単語のどこかを強く発音することがない。 詩を吟ずるかのように、流動的に言葉を次ぐ。 「旅の日程は約二年です。この旅の一番の目的は罪を償えば、神の許には全ての人が平等ということを確認することにあります。くれぐれも、喧嘩などしないように」 最後は、茶化すような口調で言ったベルンが、小さく「ラミュフ=イゴール」と祈りの言葉を言った。 詳しい意味は知らないが、『ラミナスの祝福を』だか、『宗教の救いによる平和と平等を』だかだった。 「それでは行きましょうか」 鼻につく上級言語でタフィーが言った。 なんで宮廷の人間は尻すぼみの話し方を好むのだろう。 後でタフィーに聞いてみようか、と思ったがやめた。大人しいのはベルンの目から逃れるまでだ。
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