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今日は松井さんに会える!
そんな風に思った途端に、私はバイトに行くのが嫌になっていた。
…なんで?あんなに会いたがってたじゃないの!
心の中で、もう一人の私が呟く。
これってなに?
どうしてこんなにも憂鬱なのかな…
普段は感じない気持ちに、私は戸惑っていた。
しかし、バイトには行かなければならない。私の心の中で何かが変化しようとも、現実は着々と進んでいく。
少し泣きそうになりながら私は膝の汚れたジーンズを履き、着な慣れたTシャツに腕を通し、いつもと変わらない時間に家を出た。
『おはようございます。』
フロントにいるバイト仲間にあいさつをして、事務所の鍵を受け取りエレベーターを待つ。
心の中ではあの人のことを考えている。
今日はまだ見ていない。今日…休みだったかな?
そんなはずはない。ここ一週間、松井さんに会いたくて今日を待ちわびていたんだから。
でも会いたくない気がする。なんでかなんてわからない。
一週間前、バイトを辞める小田さんの送別会があった。
今までバイトの送別会や飲み会には一度もでなかったのだが、女の子が増えてみんなが出ると言うので、今回初参加した。
そこで松井さんが『ラバーズ・アゲイン』という曲を歌っていた。
歌、上手いんだ~。松井さん。
その次の日から、シフトが松井さんとかぶらず、やっと今日会えるのだ。
ずっと『松井さんに会いたいよ~』とみんなに言い回っていた…今になって、恥ずかしくなってきた。
エレベーターでもう一度下に降りて、タイムカードを押しにキッチンへ行く。
キッチンの扉を開けるのも、緊張する。
この向こうに彼がいるのでは?と思うと、少し体が震えた。
しかし、キッチンに彼はいなかった。
少しホッとした私はタイムカードを押して、フロントに向かおうと外に出た。
その瞬間、私は前から矢で撃ち抜かれたかと思った。
そんなに大きくはない体、青色のパンツ、自然にセットされた髪型、顔は見えないが間違いなくそれは松井さんだった。
『え?』
私はフロントには向かわずキッチンの方へと体を向けた。
なにこれ…なにこれ、なにこれ?えっ、なんなの?
今の瞬間に真実を知ってしまった私は動揺を隠せない。
これって、いわゆる『恋』だよね?
顔がどんどん温かくなってきて、自分でもどうしたらいいのかわからなかった。
好きなの?私は、松井さんのことが好きなの?
もう一人の私は答える。
好きです。
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