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私はキッチンに入った。『とくん』と鼓動が高鳴る。
『おはようございますっ』
そう声をかけると、彼は振り向き私を見た。てっきり、おはようと返されると考えていた私をよそに、彼は時計へと目を向けた。
『今日、早いね。』
私の出勤時間は18時。いつも10分前、5分前にギリギリで来ていた。
今彼が確認した時間は17時40分だった。
勘違いかも…なんて、少しセンチメンタルになっていたクセに、ちゃっかり早めに出勤してきた私がそこにはいた。
『え?今日道混んでなかったんで、バスが早く着いたんですよ~。』
少しドキドキしながら答える。彼の顔を見ているだけで、自然と笑顔になった。
笑顔というか、ニヤニヤしてしまうだけなのだが。
私の答えに特別興味を示す訳でもなく、彼は菓子パンに手を伸ばした。
『お昼ご飯ですか?こんな時間に。』
私がそう声をかけると、彼は頷いた。
『やっとやわ~』
時計を見ると17時50分だった。
まだ10分もある!やった~。
心の中でそう叫び、松井さんが座っている目の前に座った。
顔はずっとニヤニヤしている。
『松井さんって、誕生日いつですか?』
私はそう聞いた瞬間に自分を疑った。
何を聞いてんの?不自然すぎ!いきなりすぎ!しかし、誕生日は知りたかった。
松井さんの表情がイヤらしくなり、何かを企むような顔をして答えた。
『なに?なんかくれると?』
『はいっ!』と意味もなく大きな声で答える私。
『11月26。』
『11月26日ですね。』
満面の笑みで確認すると彼は続けた、
『ほらっケータイにメモって!』
意外な展開に、ドギマギしながら言われた通りにした。好きな人に何かを強要されることがこんなに嬉しいだなんて、初めてだった。
すかさず、自分の誕生日も告げたが、彼が覚えてくれたかどうかはわからなかった。
いきなり扉が開いて、白川さんが入ってきた。
白川さんはバイトの中ではベテランの方に入っていたが、年齢は23才で私とあまりかわらない。
次々に入れ替わるメンバーの中、一番話しやすいお兄ちゃん的存在だった。
白川さんは私と目が合うと『おつかれ~』と言い、全てを察したように出ていった。
直感で『白川さんにバレた』と思ったが、そんなことは後回しにして、今は残り2分となった松井さんとの時間を楽しむことにした。
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