-第1章- 小さな魔法使い

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「ここ、よく来ているのか?」 健太が訊くと、春奈は指を組んで背もたれを揺らしながら答えた。 「うん。うちね、マンションだからペット飼えなくて」 「勉強はいいのか? もうすぐ春休み明けテストだろ?」 「健太くんこそ」 何気ない質問を春奈にしてみたら、不意に痛いところを突かれる健太。 「え? まあ俺はいいんだよ。今ちょっと大事な社会勉強があるから」 「そっか、うん……私ね、小さい頃から動物が好きでね。将来は獣医さんになりたいって思ったんだけど……」 店主が盆に二杯のコーヒーをのせてやってくる。 そっと春奈と健太にコーヒーを手渡すと、軽く会釈してから席を外してくれた。 「……やっぱり、志望校難しいのか?」 「うん。私、数学苦手だから。来年理系の志望大学受かるのかなーって……」 少しずつ目線が下がる春奈の姿を見て、健太は失言だったなと反省し、すぐに春奈を励まそうと試みる。 「春奈は頑張ってるじゃんか! それにまだ半年とちょっとあるんだから、まだ大丈夫だって!」 「うん……そだね。ありがとう!」 屈託なく笑う春奈の顔を見ると何となくこそばゆくなってしまうので、健太は視線だけを店の中にいたカラフルなオウムに向けた。 「へへ、いいな。なりたいものが決まってるのって」 「健太くんには、ないの?」 そう訊かれて、にこやかだった健太の表情が陰る。 「俺、まだ将来のこと何にも考えてないんだ。それに、行ける大学は皆無って訳じゃないけど、俺は昇とかみたいに勉強できる方じゃないし……御桜高に入ったのだって……」 そう言いかけて口ごもる。 心配そうに顔色を伺ってくる春奈には、どうしても言えないことを自分で言おうとした事に気づいた。 (でももう、春奈と一緒にいられるのも、きっと今年で最後なんだよな……) コーヒーを一気にぐっと飲み干すと、健太は口を開く。 「なんかさ、ここまで来ておきながら、俺まだ何にも決まってないんだ。かと言って、モラトリアム欲しさに大学行くのも気が引けるし……ほんっと! 何したいんだろなー俺」 クスリと笑うと、春奈は健太に小さな封筒ようなものを手渡した。
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