513人が本棚に入れています
本棚に追加
「……なに? コレ」
「これね、お芝居のチケット」
春奈から渡された封筒の中には、舞台観劇用の券が入っているようだ。
「なになに? 劇団、ぐれいしあ……運命の恋人」
健太が封筒の表に記載されている文章を読んでみる。
「友達のお姉さんが出演しているんだけど、もしよかったら一緒に見に行ってみようよ! 健太くん、俳優さんとか役者さんとか似合うかもしれないよ?」
「春奈……ああ、絶対行く! 俺、絶対行くよ!」
健太がとびきりの笑顔を見せてくれたのに安心し、春奈も胸を撫で下ろした。
「良かった。他の友達も誘ってみたんだけど、みんな忙しくってね。あ、くれぐれもお芝居を観に行くまでの間には、この封筒は破らないでおいてね」
「分かった! じゃあ鞄の中にでも入れっぱなしにしておくよ」
健太は椅子から飛び上がると、天井の開いたケージから1匹の犬を抱き上げ、意味もなく撫でまわした。
「春奈、ありがとな! 俺さー、そういうのって初めてだからすっげー楽しみだ。公演は4月末から5月中旬までかー。かー、今からわくわくする! お前も喜べよホラホラ!」
「いい気なものだな。忠告した筈だ。もうすぐお前の日常は崩壊すると……」
「な!?」
突然聞こえたのは、聞き慣れない男の声。
驚いた健太はわしゃわしゃとこねくり回していた犬を放してしまう。
「危ないっ!!」
「……はっ! 春奈!?」
健太が我に返ると、春奈が犬を抱きかかえたまま自分の足下にうずくまっていた。
「せーふ……んもう、健太くん! いきなり離しちゃ危ないでしょ!」
春奈が注意を呼び掛けるが、健太は全く聞いている様子もなく、ひとりで激しく興奮している。
「しゃべった! こいつ今しゃべった!」
「え! キミ、しゃべれるの?」
春奈が抱えた犬に訊いてみた。
「くぅ~ん……」
当然、犬は切なそうな鳴き声を上げるだけである。
ふたりはしばらく様子を見ていたが、犬がしゃべりだすことはなかった。
「健太くん、きっと疲れてるんだよ」
「はぁ……そうかも。ごめんな」
健太は犬の頭を撫でてやると、ふたり分のカップを店の事務室へと持っていく。
その後すぐ、お互いに帰り支度をして店を出た。
最初のコメントを投稿しよう!