-プロローグ- 不思議な本

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「……凄いな、健太は。お前には悪魔が神の宝を盗んだ後の、空白のページを読むことができるのか」 暖炉に灯る火によって橙色に染められる薄暗い部屋に、愉しげな男の声が聞こえる。 そこには本棚が所狭しと並び、無造作に散らかった本が床を埋め尽くしていた。 「違うよおやじ、そうじゃない。見えるんだ、聞こえるんだよ。この何にもないページを開いた途端、頭の中に変な光景が見えて、聞いたこともない声が聞こえてくるんだ」 古びた赤色のソファーに坐る男の隣りには、背表紙のボロボロになった本を覗き込んでいる少年がいる。 その本は左のページの途中までは文章が書かれてはいるが、文の終わりから右側のページに至っては何も綴られてはいなかった。 「……はてな、お前にはそんな風に感じられるのか」 「そんな風にって、この本おやじが作ったんじゃないの?」 「父さんには立体眼鏡のような錯覚を起こす手助けをするものを使わない限り、そんな手の込んだものは作れんぞ」 「おやじは魔法使いだろ? それくらい簡単に……」 壁に立てかけられてある埃を被った古時計が、真夜中の24時を知らせる。 「そろそろ寝なさい。それと父さんは魔法使いなんかじゃないぞ? 魔法は好きだけどな」 「そう……なの?」 「もう瞼が閉じかかっているじゃないか。続きはまた今度だ」 男がそっと立ち上がると、少年はソファーに体を埋める。 男は少年に毛布を掛けてやり、暖炉の火を消すと、静かに部屋の中から出ていった。 「あれ? さっきの本、おやじが持ってたかな……ふああぁ……」 少年は与えられた毛布にくるまると、そのままソファーの上で小さな寝息を立て始める。 それは、少年がまだ9つだったの頃の話。
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