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子供の僕には、到底理解できない大人の世界。
ずるくてどす黒い、その世界。
考えていると、ただただ、気持ちが悪い……。
舌の奥に感じる酸っぱい匂いに、僕は思わず口に手を当てた。
「どしたの? 顔色悪いよ。大丈夫?」
再び近付いた瑠璃の体から、この間と同じミントの香り。
爽やかで、草原を駆け抜けるような青い風を感じて、少しだけ胸がすっとした。
「気分よくないなら、今日は写真は無理だね」
「ああ、はい。すみません。なんかそんな気分じゃなくて」
瑠璃の胸に埋(うず)まる黒くてごついカメラが、へそを曲げてその谷間に顔を押し付ける。
気分が悪いと言いながらも、カメラが少し羨ましい、なんて馬鹿なことを思えるのは、瑠璃のお陰だと思う。
母が見舞いの日は、いつも憂鬱だった。
辛うじて救いなのは、滅多に父が来ないことだけ。
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