「忘れられない」という呪い

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それから、 日々の生活に何か耐えられない水圧がかかるようになった。 父は家に帰っても自分の部屋にこもり、 何をしてるかわからない。 私の作る食事を難しい顔をしていつも食べている。 「家族の会話」もすっかりなくなった。 父はとにかく研究のことばかり考えていた。 いや、 研究に逃げ込んでいた。 忘れられない。 母の死。 私だって忘れられない。 父が羨ましかった。 逃げ場のある父が。 私にはなかった。 友達も先生も、 優しい言葉をかけてくれる。 確かに嬉しいし、 みんなには感謝している。 でもつねに母のあの姿がいつまでも頭の片隅から離れない。 私は極度の菜食主義になり、 母の死から数年たった。 そんなある日、 「似てきたな、母さんに」 父が言った。 なぜかとてもいまいましげに、 恨めしそうに。 「そうかな?」 私はできるだけ普通に返そうと努めた。 『母さんに』 その言葉だけで、 ホントは身がすくみそうだった。 それだけで会話は終わった。 会話だけは。 その日の夜に、 私は父にレイプされた。
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