追憶のかたち

2/3
36人が本棚に入れています
本棚に追加
/218ページ
序章「天津戯言(あまつざれごと) 」  「さあ両神とも、走れ走れ。 何をポカンとして居る、ぐるりと一周走り込んで参れ。 この爺をヒナドリ扱いしおったのは、誰じゃったかのぉ。 途中、ついでに中津国(なかつくに)を見て参れ。 よいか、人間に手も足も出してはならぬぞ君達。これ、ちょっと待て。 剣は要らぬじゃろう、弓も置いて行け、この鼻垂れが。 んん、何じゃあその顔は、何と申した。 ほぉ、一周では足りぬと申すのか。 待て待て、待たぬかぁ」 やれやれ、騒がしき者共にもやっと一刻の静寂が訪れたと云うものじゃわいのう。 あちらより天照大神を挟みて此処に在れば、椰子の狭間に星明り清くして、漫(そぞ)ろ集う波音に、庵居の机上を絹風が柔和に戯れ来居る。 時も遷(うつ)ろう事無く、悠久の彼方まで軋轢(あつれき)たる重き力も、此処には及ばぬし、 この地に在れば、荒ぶり業持つ心も、欲してせしむる浅まし業も、 皆平(たいら)けく安(やすら)けく鎮めてしまいよる。 あれほどに喧騒じゃった神々も今はなんと優雅じゃろうか。 正直申すとじゃ、こうして事無き漫然とした時の垂水に心鎮めようにも、弥栄(いやさか)これがどうして血が騒いで騒いで尻下を甲虫が這うが如く じっとしては居られぬ性分でな。 人の生死に係わる一大事を
/218ページ

最初のコメントを投稿しよう!